2020年10月、政府が「2050年カーボンニュートラル」を宣言して以降、建設業界でも脱炭素への対応が本格的に動き始めています。ゼネコンにとってカーボンニュートラルは、ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)設計施工・省エネ改修・再生可能エネルギー施設の建設といった新たな事業機会をもたらすが、低炭素材料のコスト増・現場電動化への対応・ESG開示の負担増というコスト側のプレッシャーも生んでいます。
この記事では、建設業(ゼネコン)にとってのカーボンニュートラルの意味を、CO2排出の構造・事業機会・コスト・ESG開示の4つの観点から整理します。個別銘柄の売買推奨ではなく、業界の変化を理解するための基礎知識として整理します。
それでは詳しく見ていきましょう。
- 建設業のCO2排出をScope1・2・3で整理する考え方とScope3の大きさ
- ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)の定義と認定区分
- 脱炭素が生み出す建設需要の4パターンとコスト・採算への影響
- TCFD・ESG開示と、投資家がIRで確認するポイント
建設業のCO2排出の構造:Scope1・2・3
建設業のCO2排出を理解するには、排出区分(スコープ)の考え方が必要です。
| スコープ | 内容 | 建設業での主な排出源 |
|---|---|---|
| Scope1 | 自社が直接排出するCO2 | 建設現場の重機・発電機の燃料燃焼、社有車の走行 |
| Scope2 | 購入した電力・熱由来の間接排出 | 現場・事務所・工場で消費する電力の排出係数相当分 |
| Scope3 | サプライチェーン全体の排出 | コンクリート・鉄鋼・ガラスなど資材製造時の排出(特に大きい)、完成建物の運用中の排出 |
建設業において最も排出量が大きいのはScope3です。特にコンクリート(セメント製造時のCO2)と鉄鋼(製鉄時のCO2)はゼネコンが直接コントロールできないサプライチェーン上の排出で、建設業界全体の脱炭素を考えるうえで避けて通れない論点になっています。
それに、完成した建物が運用段階(空調・照明・設備稼働など)に排出するCO2も建設業のScope3に含まれます。日本全体のCO2排出量のうち業務用建物・家庭部門の合計が相当程度を占めることを考えると、「建設する建物の性能をどこまで高められるか」がゼネコンの脱炭素貢献の核心になります(出所:環境省「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン成長戦略」)。
ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビルディング)とは
ZEB(ネット・ゼロ・エネルギー・ビル)とは、省エネ技術によって建物の一次エネルギー消費量を大幅に削減し、太陽光発電などの再生可能エネルギーを組み合わせることで、年間の一次エネルギー消費量の収支をゼロ以下にすることを目指す建物の概念です。
実現レベルに応じて3段階の認定区分があります(出所:資源エネルギー庁「ZEBの定義と達成方策」)。
| 区分 | 省エネ削減率の目安 | 内容 |
|---|---|---|
| ZEB Ready | 省エネ50%以上削減 | 再生可能エネルギー導入なしで省エネのみで50%削減を達成。ZEBに向けた第一段階 |
| Nearly ZEB | 省エネ50%以上+再エネで75%以上削減 | 省エネ+再エネを組み合わせて75%以上の削減を達成 |
| ZEB | 再エネ込みで100%以上削減 | 年間の一次エネルギー消費量の収支がゼロ以下。最高レベルの認定 |
政府は2025年度以降に新築される大規模建物へのZEB水準の省エネ基準義務化を進めていて、ゼネコンにとってZEB対応の設計施工能力は受注競争力の重要な要素になっています。大手ゼネコン各社は独自の省エネ技術(制御システム・断熱・自然換気など)とZEB認定取得の実績を蓄積していて、これが他のゼネコンや中小工務店との差別化要素となっています。
脱炭素が生み出す建設需要の4パターン
カーボンニュートラルの流れは、建設業に以下の4つの形で新たな需要を生み出しています。
① 省エネ改修・ZEB化リノベーション
日本に存在する既存建物の大半は、現在の省エネ基準(ZEB水準)を満たしていません。オフィスビル・商業施設・公共施設・病院などを省エネ性能の高い建物に改修する「ZEB化リノベーション」は、今後数十年にわたって拡大が見込まれる市場です。
- 既存ビルの空調・照明・外壁改修(断熱性向上・窓交換)
- 高効率設備(ヒートポンプ・LED・BEMS)への更新
- 屋上・屋根への太陽光パネル設置工事
② 再生可能エネルギー施設の建設
太陽光・洋上風力・地熱・水力など再生可能エネルギー施設の建設は、土木・建築双方の専門性を要する大型工事です。特に洋上風力は大規模な基礎・係留・電力接続工事を伴い、大手ゼネコン・海洋工事会社が中心的な役割を担います。
- 大型太陽光発電所の造成・架台・電気設備工事
- 洋上風力の基礎工事・モノパイル打設・変電所建設
- 水素製造・貯蔵施設・CCS(CO2回収・貯留)関連施設
③ 脱炭素型工場・データセンターの建設
国内回帰する半導体・電池工場や急増するデータセンターは、従来型の工場に比べてZEB水準の省エネ性能が求められる傾向にあります。脱炭素を重視するグローバル企業が「再生可能エネルギー100%(RE100)」を調達条件とするケースも増えていて、施設設計の段階から省エネ・グリーン電力調達を組み込む設計施工力が受注に直結します。
④ スマートシティ・次世代インフラ整備
エネルギーマネジメントシステム(EMS)・マイクログリッド・電動モビリティ基盤を組み込んだ次世代のまちづくり・インフラ整備は、ゼネコンにとってエンジニアリング・不動産開発・ICTを組み合わせた高付加価値案件です。
コスト・採算への影響
低炭素コンクリート・鉄鋼のコスト
脱炭素に対応した建材として、製造時のCO2排出を抑えた低炭素コンクリート(CO2を混和材として固定化する技術、高炉スラグ・フライアッシュを活用する技術など)やグリーンスチール(水素還元製鉄による低CO2鉄鋼)が注目されています。ただしこれらの材料は従来品に比べてコストが高く、採用比率が上がるほど工事原価を押し上げます。
発注者がLCA(ライフサイクルアセスメント)や建物のCO2排出量を評価指標に加えるようになると、施工品質だけでなく「どれだけCO2を削減できるか」が受注競争の軸になり、低炭素材料の調達・技術開発コストを織り込んだ価格設定が重要になります。
現場の電動化コスト
建設現場で使われる重機(杭打機・クレーン・バックホウなど)の電動化も脱炭素対応の一環です。電動重機は現状では調達コストが高く、充電インフラの整備も必要です。国や自治体が補助制度を整備する動きはありますが、全面移行までには時間がかかるとみられています。
カーボンクレジットの活用と排出量管理
削減しきれないCO2排出量のオフセット手段として、J-クレジット(国内の排出削減・吸収量の認証制度)や国際クレジットの活用が選択肢の一つとなっています。また東京都のキャップ&トレード制度(都内大規模事業所を対象とした排出量取引)に参加している大規模施設オーナーからは、施設管理子会社等を通じた省エネ改修需要が生まれています(出所:東京都「温室効果ガス排出総量削減義務と排出量取引制度」)。
TCFD・ESG開示と投資家の視点
TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)は2017年6月に最終提言を公表し、企業に気候変動リスク・機会の財務的影響を開示するよう求めました(出所:Financial Stability Board「Final Report: Recommendations of the Task Force on Climate-related Financial Disclosures」2017年6月)。
日本では2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードにおいて、プライム市場上場企業にTCFDまたは同等の国際的枠組みに基づく気候変動関連の情報開示が実質的に求められるようになりました。大手ゼネコンは統合報告書・サステナビリティレポートにおいてScope1/2/3の排出量・削減目標・気候関連のリスクと機会を開示するようになっています。
【投資家が着目するTCFD開示の主要項目】
ガバナンス:脱炭素への対応体制(取締役会での監督)
戦略:気候変動シナリオ(1.5℃・4℃等)ごとの事業影響
リスク管理:気候関連リスクの特定・評価プロセス
指標と目標:Scope1/2/3排出量・削減目標・進捗
脱炭素への対応度合いはESG評価機関(MSCI・Sustainalytics等)のスコアにも影響します。機関投資家がESGスコアを投資判断に組み込む傾向が強まるなかで、開示の質と削減実績が株価・資本コストにも間接的に影響するという見方が広がっています。
投資家が確認するポイント
- Scope1/2/3の排出量開示と削減目標:各社の統合報告書・サステナビリティレポートに開示されています。Scope2はRE100(再生可能エネルギー100%調達)の達成度、Scope3はサプライチェーン全体の管理方針を確認します。
- ZEB・省エネ関連の受注・施工実績:ZEB認定建物の受注件数・累計床面積を開示している会社があり、脱炭素需要をどれだけ取り込んでいるかの指標となります。
- 独自の低炭素技術:低炭素コンクリート・CO2固定化技術・電動重機など独自の脱炭素技術の開発・実装状況。技術的優位があれば受注競争力・採算の維持につながる。
- グリーンボンド・サステナビリティボンドの発行:脱炭素・省エネ用途に限定した資金調達。発行実績があれば長期投資家・ESG投資家の資金を呼び込みやすくなります。
- 気候関連リスクの開示内容:TCFDに沿ったシナリオ分析の開示内容を確認する。移行リスク(規制強化・炭素税)と物理リスク(洪水・台風等)の両面でどのような影響想定をしているかが、企業の対応力を測る指標になります。
実際のIR資料・統計で見ると
大手ゼネコン各社は統合報告書・サステナビリティレポートに脱炭素への取り組みと数値目標を開示しています。中期経営計画でも「脱炭素社会への対応」を重点戦略に位置づけ、ZEB・低炭素技術・ESGリスク管理の方針を明示する会社が増えています。
国土交通省は建築物の省エネ性能向上を重要政策として推進していて、「脱炭素社会の実現に役立つ建築物・建設業の取組」に関する資料を継続的に公表しています(出所:国土交通省「脱炭素社会に向けた住宅・建築物の省エネ対策等のあり方について」)。また環境省が公表するGHG排出量データ(産業別・用途別)を追うことで、建設業・建物部門の排出削減の進捗を大局的に把握できます。
まとめ
| 観点 | ゼネコンへの影響 | 投資家の着目点 |
|---|---|---|
| 事業機会 | ZEB設計施工・省エネ改修・再エネ施設建設・脱炭素工場が拡大 | ZEB受注実績・省エネ改修受注比率の拡大状況 |
| コスト | 低炭素材料・電動重機・Scope3管理コストが増加傾向 | 独自の低炭素技術による差別化・コスト吸収力 |
| ESG開示 | TCFD・Scope1/2/3の開示が実質義務化へ | 開示の質・削減目標の達成進捗・ESGスコアの推移 |
| 競争優位 | ZEB・低炭素技術を持つ企業が高付加価値案件を受注しやすくなる | 中計でのZEB・脱炭素投資の比重と技術開発方針 |
| 規制リスク | 炭素税・建物省エネ基準強化が原価・発注量に影響 | シナリオ分析での移行リスク想定と対応策の具体性 |