インフレと建設業の関係は、直感とは逆に動きます。物価が急騰すると、ゼネコンの採算は後から悪化します。その理由は、建設業に特有の「受注から完成までの時間のズレ」にあります。
このしくみを知らないと、決算の数字が読めません。インフレが悪材料になる局面と、逆に追い風になる局面の違いも判断できなくなります。
それでは詳しく見ていきましょう。
- なぜインフレが「遅れて」ゼネコンの採算に効いてくるのか
- 2021〜2023年に採算が悪化したしくみと、回復した理由
- 価格転嫁が難しかった構造的な理由
- 決算で何を確認すればインフレ耐性を判断できるか
建設業でインフレが採算に「遅れて効く」しくみ
建設工事は、受注してから完成するまでに時間がかかります。小規模な工事で数か月、大型の建築・土木工事では1〜3年以上かかるのが普通です。
ゼネコンが見積もりを出して発注者と契約するのは、工事が始まる前です。その時点で想定した資材費・労務費をもとに価格を決めます。価格は契約で固定されます。
ところがインフレが起きると、工事を進めている間に資材費・労務費が上がります。受注した時点の価格は変わらないのに、かかるコストだけが後から上がる。だから採算が悪化します。
| 受注時(契約) | 完成時(売上計上) | |
|---|---|---|
| 工事代金 | 契約で固定 | 変わらない |
| 資材費・労務費 | 見積もり段階の想定 | インフレ後の実費が発生 |
| インフレ時のリスク | 受注段階では見えない | 完成するたびに採算が悪化 |
一般的な製造業や小売業なら、仕入れ価格が上がったらすぐ販売価格に転嫁できます。でも建設業は、契約時に価格が決まっていて、工事の途中で変えられない。この構造が、インフレへの耐性を下げています。
受注高と受注残の違い|建設業の決算を見る前に知っておきたい基本2021〜2023年に何が起きたか
2021年以降、コロナ禍からの需要回復と資源価格の高騰が重なり、建設資材が急騰しました。鋼材・コンクリート・木材などの価格が、短期間で大幅に上がりました。
問題はタイミングです。インフレが始まったとき、ゼネコン各社の受注残には「デフレ期の安値で受注した工事」が大量に残っていました。これが完成するたびに赤字が出ました。
大手ゼネコンの7割が減益になった期もあります。受注高が多ければ多いほど、将来の損失になるリスクを抱えている、という状況でした。
「受注すれば損になる」逆転現象
通常、受注が増えることは業績改善の先行指標です。でもこの局面では逆でした。
安値で受けた仕事を完成させるたびに損失が出る。受注残が多いほど将来の損失リスクが積み上がる。投資家にとっては、受注残の「量」より「採算」を見なければ判断できない状況でした。
なぜ価格転嫁が難しかったのか
コストが上がった分を発注者に請求できれば採算は保てます。これが「価格転嫁」ですが、建設業ではこれが難しかった。理由は大きく2つあります。
- 物価スライド条項の限界:公共工事には、資材・労務費の変動を契約金額に反映できる「物価スライド」の仕組みがあります。ただし、公的価格指数と実際のコスト増加の乖離が大きく、実コスト増の2〜3割程度しか補填されないケースも多くありました。
- 受注競争の慣行:需要が旺盛だった局面では、多少不利な条件でも受注しようとする競争がありました。価格を厳しく交渉する立場に立てなかった会社も多かったです。
民間工事では物価スライドが適用されないケースも多く、受注時の固定価格が最後まで変わらない契約が大半でした。
採算が回復したしくみ
2023〜2024年にかけて、大手を中心にゼネコンの採算が改善に転じます。理由は2つです。
- 不採算案件の消化完了:デフレ期の安値受注分の工事が次々と完成・引き渡しを終え、受注残の中身がインフレ後の採算水準に入れ替わった。
- 選別受注への転換:採算が合わない案件を意図的に断るようになり、新規受注にインフレ後のコストを織り込んだ。受注高が下がっても利益率が上がる構造です。
「選別受注」というのは、仕事を選んで取りに行くことです。受注高は下がりますが、利益率が上がります。決算で受注高の伸びが鈍くても、完工利益率が改善していれば選別受注が進んでいると読めます。
| 局面 | 受注残の中身 | 完工利益率の傾向 |
|---|---|---|
| インフレ急騰期(2021〜2023) | デフレ期の安値受注が混在 | 低下・赤字案件が発生 |
| 採算回復期(2024〜) | インフレ対応済みの受注に入れ替わる | 改善傾向 |
決算で確認できること
完工利益率(完成工事総利益率)
完成工事高に占める完成工事総利益の割合です。有価証券報告書・決算短信の損益計算書に出てきます。
インフレ急騰期には低下し、選別受注が進んで不採算案件が消化されると改善します。この推移を数期分追うと、採算回復が本物かどうかを確認できます。
受注残の採算水準
受注残の「量」だけでなく、「中身の採算」が重要です。決算補足資料で「工事採算の見通し」「不採算工事の状況」に触れている場合は確認します。
直接の開示がない場合は、次の完成工事高に対して利益率がどう動くかを見ます。受注残が積み上がっているのに利益率が低いままなら、まだ不採算案件が残っている可能性があります。
受注高の変化と選別受注の進捗
受注高が前期比で落ちているのに利益率が上がっている場合、選別受注が機能しています。逆に、受注高を維持するために採算度外視の仕事を取りに行っていると、利益率が下がります。
受注高の増減と利益率の方向性をセットで見ることが、採算判断の基本です。
まとめ
- 建設業では受注から完成まで数年かかるため、インフレは「遅れて」採算を直撃する。
- 2021〜2023年のインフレでは、デフレ期の安値受注分が完成するたびに採算が悪化した。
- 物価スライドだけでは転嫁しきれず、受注競争の慣行もあって価格転嫁が遅れた。
- 不採算案件の消化完了と選別受注への転換で、2024年以降は採算が回復傾向にある。
- 決算では完工利益率の推移、受注残の採算水準、受注高と利益率の方向性をセットで確認する。